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大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)40号 判決 1985年9月30日

京都府向日市物集女町北ノ口一〇〇番地の四七

控訴人

有馬フミ子

右訴訟代理人弁護士

莇立明

京都市右京区西院上花田町一〇番地

被控訴人

右京税務署長

吉田稔

右指定代理人

中本敏嗣

足立孝和

岸川信義

北山忠男

向山義夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人が昭和五六年一〇月二一日付で控訴人に対してした控訴人の昭和五五年分の所得税の更正処分のうち、短期譲渡所得金額を八五九万八〇五六円とし、これに対する納付すべき税額を三四三万九二〇〇円とした部分及び同年分の過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨。

第二当事者の主張

次のとおり補正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目裏一〇行目の「3の建物」の次に「(以下「1の土地」、「2の土地」、「3の建物」という。)」を加える。

二  原判決六枚目表二行目から八行目までを次のとおりに改める。

「1(一) 控訴人は、亡夫有馬義一が昭和四五年九月一日に本件不動産を購入して以来、昭和五五年一二月に三基建設に売渡すまで、一貫して、3の建物を居住用家屋としここに居住してきたものである。

(二) 控訴人は、昭和五三年四月一〇日に、亡義一と共同で物集女の家屋を購入したが、右家屋は控訴人の居住用家屋ではなく、訴外会社の研究室、応接室としてその事業目的に購入したものである。

(三) 控訴人は、物集女の家屋を購入した後も、3の建物に引き続き、夫義一と共に、その死後は二女の有馬晶子と共に居住し、階上階下全部を使用してきた。物集女の家屋には、昭和五四年九月まで、一時、半分程度寝泊りし、3の建物と相半ばして居住していただけで、昭和五五年一二月に至るまで転居したことはない。昭和五四年五月に義一が死亡した後は、長男の高田博文が物集女の家屋に転居してきたので、控訴人は、同年九月以降再度3の建物に全面的に寝泊りするようになり、物集女には行かなくなった。

(四) もっとも、控訴人は、一時住民票上の住所を物集女の家屋に移したことがあるが、それは、右家屋を購入する資産のローン手続上の必要のためにしただけであり、昭和五四年九月には本件3の建物に戻している。

(五) 亡義一や控訴人が、訴外会社に賃貸し、同社が業務のために使用していたのは、1、2の土地のうち3の建物の敷地を除いたその周辺の土地(表の駐車場、裏の土間、東側隣家との間の空地)だけであって、3の建物自体は、階上階下共すべて控訴人の居住用家屋であった。

(六) しかるに、当初、義一が北尾税理士に依頼した際、実態に反して、あたかも3の建物すべてを訴外会社が賃借使用しているかのような形式の賃貸借契約書が作成された。そこで、義一死後の昭和五四年六月一日、右賃貸借契約書を実態に即して書き改め、前記のとおりの土地部分の賃貸借であることを明らかにした。

(七) そして、その後、訴外会社はその法人税の申告等にあたり右の点を明示したが、被控訴人は何ら異議を述べていない。したがって、被控訴人は、遅くとも右以降、3の建物は訴外会社の賃借物件ではないことを承知し、認めていたというべきである。」

三  原判決六枚目裏四行目の「その前提事実」を「それが訴外会社からの月額一〇万円の賃料によるものであること」と改める。

第三証拠関係

本件の原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、補正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六枚目裏末行から七枚目表三行までを削除する。

2  原判決七枚目表九行目の「乙」の次に「第一号証の一ないし三、第三ないし第六号証」を加え、同行の「第三二号証」を「第二八ないし第三六号証、証人関元信夫の証言により真正に成立したものと認められる乙第二七号証」と改め、同一〇行目の「本人尋問の結果」の次に「(原審)」を、同行の「第八、九」の次に「、一二」を、同末行の冒頭の「証、」の次に「右本人尋問の結果(当審)により真正に成立したものと認められる甲第二四号証の一、二、第二五号証、第三〇号証の一ないし二二」を加える。

3  原判決七枚目裏三行目の「第四号証、」の次に「弁論の全趣旨により物集女の家屋の写真と認められる検甲第六号証、」を、同行の「高田博文」の次に「、同建口清」を、同四行目の「鈴木幸」の次に「、同関元信夫」を、同行の「本人尋問の結果」の次に「(原審及び当審)」を、同五行目の「反する」の次に「控訴人本人尋問の結果(原審)により成立が認められる甲第一四号証、いずれも弁論の全趣旨によって成立が認められる同第一九、第二九号証」を、同六行目の「博文」の次に「、同建口清」を、同行の「本人尋問の結果」の次に「(原審及び当審)」を、同七行目の「しないし、」の次に「控訴人本人尋問の結果(原審)により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一、二、同本人尋問の結果(当審)により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、第一六号証の一ないし一二、第一七号証の一ないし八、第一八号証の一ないし三六、第二〇、二一号証の各一、二、第二二号証、第二三号証の一、二、右本人尋問の結果により3の建物の写真と認められる検甲第一号証、弁論の全趣旨により3の建物の写真と認められる同第二ないし第四号証は、いずれも、この認定を妨げるものではなく、」をそれぞれ加える。

4  原判決八枚目表九行目の末尾に「そして、遅くとも昭和五四年四月以降は、3の建物に係る電気、ガス、水道、電話、NHK等の料金は訴外会社がこれを支払い、有馬義一ないし控訴人は、そのうち一部、各月一五〇〇円のみを訴外会社に支払ってきた。」を加える。

5  原判決八枚目裏一行目の「和室であり、」の次に「その事務は表六畳の和室で執り、」を加え、同八行目の「有馬義一は」「控訴人と有馬義一は、控訴人の持分七、義一の持分三の割合で共同して、」と改める。

6  原判決九枚目表二行目の末尾に「なお、右物集女の家屋は、ガレージを改造して義一の薬品研究室とし、また、時に、訴外会社の得意先が来訪した際の応接、会合の場所として一部の部屋を用いることもあったが、それ以外に訴外会社の業務に使用することはなかったし、右家屋につき訴外会社のための賃借権等の設定はなく、その電気、ガス、水道の料金等(の一部)を訴外会社が負担している形跡も見当らない。」を加える。

7  原判決九枚目表五行目の「3の建物は」の次に「1、2の土地と共に」を、同六行目の「訴外会社」の次に「右建物を」を、同七行目の末尾に「物集女の家屋の義一の持分は有馬千代子が相続した。」をそれぞれ加える。

8  原判決九枚目裏一〇行目の「そのため、」を「右使用を得るには、一年以上その地区内に居住していることが必要とされていたので、その前の昭和五四年九月四日に」と、同末行の「同年」を「更にその後の昭和五五年」とそれぞれ改め、同一〇枚目表一行目の「届出」の次に「をもって、再度物集女の家屋に移した。」を加える。

9  原判決一〇枚目表九行目の次に、改行のうえ、左の説示を加える。

「控訴訴人は、右認定とは異なり、義一や控外会社に賃貸したのは3の家屋ではなく、1、2の土地の一部(表駐車場、裏土間、東側空地)であると主張する(前起補正引用の原判決事実摘示「原告の反論」1(五))ところ、前掲甲第九号証、証人吉村の証言、控訴人本人尋問の結果(原審及び当審)中には控訴人の右主張に沿う部分があるけれども、右部分は、訴外会社が使用していた範囲、状況(右(四))、訴外会社の電気料金等の支払状況(右(三)、尚、義一や控訴人の支払っていた一ヵ月一五〇〇円の金員は、通常人が日常生活上使用する電気、ガス、水道等の料金額には到底及ばない額であることが顕著である。)並びに甲第三〇号証の四、五(訴外会社の出納簿)、乙第一号証の一、二、第二八号証(控訴人の所得税確定申告書)、乙第三〇、三一号証(訴外会社の法人税確定申告書)の記載(これらにおいて、義一や控訴人は、訴外会社に対する賃貸物件が3の建物であり、その対価が家賃であることを自認している。)及び右甲第九号証の他の記載部分、原審での控訴人本人の他の供述部分に比照して到底採用できない。したがってまた、3の建物が訴外会社の賃借物件でないことを被控訴人が認めていたとの控訴人の主張(「原告の反論」1(七))の失当であることも明らかである。」

10  原判決一〇枚目裏六行目「成立に争いがない」の前に「右一、二の事実に」を加える。

二  そうすると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 道下徹 裁判官 渡辺修明)

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